EU AI法 第50条 — 2026年8月2日から何が変わるのか
2026年8月2日から、EU AI法はAI生成コンテンツに機械可読なマークを付けることを求め始めます。これを「だから自社製品が必要だ」と説明するベンダーが増えるはずですが、その多くは正確ではありません。第50条が何を、誰に義務づけるのか。そして検出が本当に必要な場面はどこかを整理します。
最終更新 2026年7月27日
第50条が義務づけていること
EU AI法(規則 (EU) 2024/1689)第50条は、特定のAIシステムに透明性義務を課す条文です。適用開始は2026年8月2日。違反には最大1,500万ユーロ、または全世界年間売上高の3%という制裁金が科されます。
この日から4つの義務が執行対象になります。人と直接対話するAIの提供者は、相手がAIであることが明白でない限り、それを利用者に伝えなければなりません。生成AIの提供者は、合成された音声・画像・映像・テキストの出力に、機械可読な形式でマークを付け、AI生成物として検出可能にしなければなりません。感情認識システムや生体分類システムの導入者は、対象となる人にその運用を知らせなければなりません。そして導入者は、ディープフェイクと、公共の関心事について公衆に情報を提供する目的で公開されるAI生成テキストを開示しなければなりません。
文章に関して最も重要なのは第50条(2)のマーキング義務であり、同時に最も誤って説明されている条項でもあります。
義務を負うのは誰か
AI法は「提供者(provider)」と「導入者(deployer)」を区別します。第50条があなたに適用されるかどうかは、この区別で決まります。
提供者とは、AIシステムを開発し、または開発させ、自らの名称・商標のもとでEU市場に投入する者です。生成テキストであれば、モデルを構築している企業 — OpenAI、Anthropic、Google、Mistralなど — がこれにあたります。第50条(2)の機械可読マーキング義務は、これらの提供者に課されるものであり、その出力を使う側に課されるものではありません。
導入者とは、自らの権限のもとで業務としてAIシステムを利用する者です。企業の場合、導入者は組織であって従業員個人ではありません。導入者の義務はより限定的で、ディープフェイクの開示と、公共の関心事について公衆に情報を提供する目的で公開されるAI生成テキストの開示に限られます。
レポートを提出する学生は、そのどちらでもありません。それを採点する教員も、そのどちらでもありません。2026年8月2日をもって、両者が第50条上の義務を負うことはありません。
大半の文章を対象外にする適用除外
テキストに関する導入者の開示義務には、重要な適用除外があります。人間によるレビューまたは編集上の管理が行われ、その公開について自然人または法人が編集責任を負っている場合、この義務は適用されません。
欧州委員会は、これが実質的なレビューを意味することを明確にしています。AIの出力にスペルチェックをかけるだけでは該当しません。内容を読み、修正し、その記事に責任を負う編集者であれば該当します。
マーキング義務そのものの対象外となるものもあります。数字・記号・文字の短い並び、ソースコード、機械間の出力、入力を実質的に変更しない標準的な編集補助機能の出力、そして一部のクローズドループな産業用途です。編集補助が意図的に除外されている点は重要です。自分で書いた文をAIに整えてもらうことは、その文をAIに生成させることとは別物だからです。
デジタル・オムニバスで変わったこと、変わらなかったこと
2026年半ばのAIオムニバス(AI Omnibus)は、AI法の相当部分を延期したため、大きな混乱を生みました。ただし第50条は延期されていません。
附属書IIIの高リスク義務は2027年12月2日に後ろ倒しされました。一方で第50条は2026年8月2日のまま据え置かれ、同日に執行権限も発動します。
限定的な経過措置が1つだけあります。2026年8月2日より前にすでに市場に投入されている生成AIシステムについては、第50条(2)の機械可読マーキング要件に限り、2026年12月2日までの猶予が認められます。2026年8月2日以降に提供が開始されるシステムには経過措置はなく、初日からマーキングが必要です。また、2026年8月2日より前に生成されたコンテンツを遡って表示する義務はありません。
この規則が求めて「いない」こと
第50条は、AIチェッカーの利用を求めていません。文章が人間によって書かれたことの証明も求めていません。コンプライアンス用のバッジを設けてもいません。義務は上記の定義に沿った提供者と導入者にあり、第三者があなたに代わって適合を成立させることはできません。
私たちは検出製品を販売している以上、この点は率直に書いておくべきだと考えています。第50条を根拠にAI検出ツールの購入が必要だと説明するベンダーがいたら、どの項なのかを尋ねてください。該当する項はありません。
もう一点はっきりさせておきます。第50条のマーキングと検出は、別の仕組みです。マーキングは、モデル提供者が生成元で付与する来歴情報です。検出は、第三者が事後に行う統計的推論です。この規則が構築しようとしているのは前者であり、後者を義務づける記述はありません。
それでも検出が必要になる場面
第50条は、規則を遵守する提供者が今後生成するコンテンツについて、来歴の追跡可能性を高めます。しかし、実際に人を困らせている3つの状況には何も作用しません。
1つ目は、マークのない出力です。EUの管轄外のモデル、自前でホストするオープンウェイトのモデル、そして2026年8月2日より前に生成されたものには、マークがありません。加えてマーキングは「技術的に可能な範囲で」有効・堅牢であればよいとされており、テキストは最も堅牢性が低い形式です。言い換えを一度通すだけで、多くのテキスト用ウォーターマークは失われます。
2つ目は、誤って疑われる問題です。実際に人を追い詰めているのは、AI文章が見逃されることではなく、自分で書いた文章をAIだと判定されることです。機械可読マークはここでは役に立ちません。本当に人間が書いた文章には、提示できるマークがそもそも存在しないからです。マークが無いことは、何も証明しません。
3つ目は、検出器どうしの不一致です。検出器は無視できない割合のテキストで判定が食い違い、その誤りは英語を母語としない書き手に最も重くのしかかります。私たちが作ったのは、まさにこの隙間を埋めるためのものです。複数の独立したエンジンを走らせ、合議の結論と食い違いの両方を提示する。曖昧なテキストは、確信ありげにではなく、曖昧なものとして見えるべきだからです。
